エル・ブリの秘密~世界一予約のとれないレストラン~ EL BULLI - Cooking in Progress

あけましておめでとうございます。

正月から鏡餅ならぬ画餅充飢と言いますか、行けもしないレストランのドキュメント映画を観てきました。

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『エル・ブリの秘密 ~世界一予約のとれないレストラン~』
“EL BULLI - Cooking in Progress”


EL BULLIは、スペインのバルセロナから車で2時間くらいのところにある、世界でもっともクリエイティブで人気のあるレストラン。でも、去年惜しまれつつ閉店。二度と行くことができなくなり、映画を観てどんなに涎をたらしても、まさに絵に書いた餅というわけです。

実は2002年だったか03年だったか、スペイン旅行でビルバオ~サンセバスチャン~バルセロナのコースをたどり、エル・ブリにも予約の電話をしてみたんだけれど、当然のごとくわれわれの旅行期間中は満席。どころか、同年はすべての営業日が満席、という返答。スペイン滞在中も頃合をはかって連絡してみてくださいね、キャンセルが出ているかもしれませんから。なんて親切なアドバイスをもらい、とにかく空席ができたら旅のスケジュールを大幅変更してでも行くつもりだったが、残念ながら実現はしませんでした。

当時、モダンスパニッシュ、スペイン語で言うとNueva cocina española(ヌエバ・コシーナ・エスパニョーラ)なるガストロノミーの新潮流がけっこうキてて、エル・ブリはダメでも、それっぽい感じの店でそいつを体感しようと、ビルバオでグッケンハイム美術館のレストラン、サンセバスチャンでアルザックマルティン・ベラサデキムガリッツ、バルセロナではコメルス24などのレストランを巡りました。

なかでもムガリッツは感動。もうほんと食べながらうっわ~ってのけぞって、そのまま椅子からずり落ちそうになるほどの衝撃は、いまでも忘れられないです。

ローストした魚が盛り付けられた皿に、さらに澄んだ魚のスープを注いで食べさせる料理(当時、テーブルでスープを注ぐプレゼンテーションが流行っていた気がする)があって、これがものすごいインパクトで。サプライズなプレゼンやビックリな仕掛けがある、ってワケでもなく、ポイントは味なんだけど、うーん、うまく言えないが、本当に美味しい魚なんですよ! なんて・・・これじゃほとんど何も言ってないに等しいが、魚種はなんだったか、メニューがとってあるのでスクラップした資料をひっくり返せば出てくるはずだけど、そんなことより、とにかく美味しい魚。魚の美味しさ、というものが白身の魚肉から、スープの出汁から、ダブルにアピールしてきて、もうたまらない。ある意味、デフォルメされた魚の美味しさ、と言うべきか。そこで食べ手に起こってくるのは、美味しい焼き魚の思い出が走馬灯のように蘇ってくる、という感情的な反応。ディズニーアニメの『レミーの美味しいレストラン』でネズミのシェフが評論家をラタトゥイユでうならす場面を覚えてますか? ずばり、アレです。まったくアレをリアルで体験しちゃいました。食べ手の記憶に突き刺さってくる料理。ラタトゥイユの走馬灯。焼き魚の走馬灯。子供のころ、お母ちゃんが焼いてくれた焼サバなんか食べて「魚ってウマいな~!」とか思った記憶。ニッポンの魚料理のイメージ。うっとり魚ドリームにトリップして、はっと我にかえってレストランで食事していたことを思い出し、目の前の皿に対峙し、もう一口。以上ループ。そんな感じ。

たぶん想像するに、この料理を食べて感動するのは日本人だけではない。日本人なら美味しい日本の焼き魚をイメージするけど、フランス人は美味しい魚のポワレをイメージする。イタリア人も、中国人も、もちろんスペイン人もそれぞれの記憶に残る美味しい魚を・・・って具合に、あらゆる食文化のバックボーンを持った舌と記憶に訴えるようにできてる、はず。言っちゃえば、美味しい魚料理のイデア、みたいな。

もちろん、これ、狙ってるんだろうな~。一皿一皿、特定エッセンスを凝縮し抽出して提示するようなコンセプトの料理ばかりだったような、たしかに。そういえば、クラゲがジュレ状の海水に浮いている、食べる海、てな料理もあった。美味しいんですよ、これがまた。びっくりでしょ?

とにかく当時のスペインでは、こういう「美味しいだけでなく、驚きがなくてはいけない。美味しいだけでなく、クリエイティブでなくてはならない」とされる新しい料理のムーブメントが起こってて、それはなんだかワクワク興奮するものがありました。

これは味覚をはじめとする五感と記憶を総動員した芸術なのかもしれない。

そんなムーブメントの総本山の舞台裏が見られるのが、この映画。

ドキュメントとしては、あまり作りこまれたものではなく、淡々とエル・ブジのスタッフの仕事を追っかけているだけで、けっこうあっさりしてます。

映画冒頭、バルセロナにあるエル・ブリの料理研究所での作業が見もの。たとえば「キノコを油などの液体に漬け込む」っていうコンセプトだけでも、何種類ものキノコと油の組み合わせを試してデータ化し、使えるレシピを導き出す。これは料理というより、見た目、化学の実験のよう。

面白いのは、シェフのフェラン・アドリアがスタッフを叱るシーン。

スタッフが幾通りも試行錯誤した素材の組み合わせのデータを一部紛失しちゃう。PCのハードディスクに書き込まれたデータが失われたわけだけど、紙にはプリントアウトしてあり、情報そのものがなくなったわけじゃないからスタッフはそれほどの重大事と認識してないのだが、フェランはハードディスクのデータをスタッフがバックアップしていなかったことを怒り、そこにこだわる。紙なんかじゃダメだ!と。

なんなんでしょう、これって。

フェランは料理の情報の徹底開示を目指していたらしく、旧体制的な職人から職人の口承伝達、みたいなもんの速度では、やりたいクリエイションのスピードにもう全っ然追いつけない。すべてのレシピは即座にデータ化して全員で素早く共有すべし!

そういう超合理性から発している怒りなのかな、なんて思ったり。

そうそう、市場の魚屋に「旬の魚のリストはないのか?」と詰め寄るシーンもあった。魚屋は、旬のリストは見せられない、とか言って、ちょっと企業秘密っぽい感じを匂わせるのだが、フェランは「なんで見せられないんだ?」って、けっこうこだわる。

とにかく、そういう合理性と自由さが、スペインで、料理において、あの時代に起こったという不思議。スペインで起こるべくして起こった、その文化的バックボーンが知りたいです。

エル・ブリなきあと、サンペレグリーノの世界のベストレストラン50の王者に君臨するのは、デンマークのノーマ。革命はスペインから北欧に移ったのでしょうか?

※ちなみに件のムガリッツは、いま3位!

スペインも北欧も、フランスやイタリアにある美食の権威の重力からは自由そうだもんね。日本人が思うフランス料理の敷居の高さ。とっつきにくさ。ああいう世界から、スペインは自由な気がする。少なくとも、ムガリッツやマルティン・ベラサデキを訪問したとき、客のドレスがカジュアルで驚いた。夜なのに、ジャケット着てたら、けっこうかしこまってる感じだった。

美食家界のアンチマッチョイズム、というか。

少し思ったのは、ムガリッツがサービスも内装も、もちろん料理も繊細で、その繊細さが女性的というか、中性的な感じがして、その超繊細な中性感がすんごいエネルギーと勢いで突き抜けまくってて、これってゲイカルチャー入ってないか? と、下衆な詮索をしてみたり(笑)。

そうそう、ファッションの世界でゲイの人たちの活躍は当たり前で、ゲイの方たちのクリエイティビティなくしてはもう全然成り立たない世界ですが、料理界ってどうなんでしょう?

エル・ブリに端を発する料理におけるデコンストラクティブな創造って、絶対ゲイの人たちが得意なはずですよね。

あ、そうだ、フェランの相方で店のオーナーでもあるジュリ・ソレールが元音楽プロデューサーだった、という事実も気になってたんだ。なんの音楽やってたんだろう。なんか前衛的なジャズとかエクスペリメンタルな音楽だったらハマりすぎだけど、普通のポップのプロデューサーかなあ? 映画にはチラッとうつるくらいで、あんま出てきません。この人の言葉を聴きたかったなぁ。

映画を観終わり、もろもろの妄想に浸りながら銀座の街に出て、しっかし、こんな世界最高の厨房の様子を観せられたあとに、いったい何を食べろというのか。

正月だから、あんまり店も開いてないし。

途方に暮れた夜でした。

(よ)

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by brd | 2012-01-03 13:38 | 本や映画


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