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屋台で最も衝撃を受けた料理 タイ料理家・下関崇子さんとの対話 その3

『味の形 迫川尚子インタビュー』(ferment vol.01)の創刊準備号となるフリーペーパー『ferment vol.00 タイ料理家・下関崇子さんとの対話 タイと、日本と、かぼちゃ炒めと。』のテキストを本ブログで公開しています。

「その2」
に引き続き、最終回の「その3」を。

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下関崇子さんとの対話
タイと、日本と、かぼちゃ炒めと。
その3

インタビュー・文/(よ)

屋台で最も衝撃を受けた料理 タイ料理家・下関崇子さんとの対話 その3_e0152073_23532232.jpg
イベント「しまたい食堂」で下関さんが調理中のかぼちゃ炒め。豚肉とかぼちゃを炒めてナンプラーと砂糖で味つけし、卵でとじる

屋台で最も衝撃を受けた料理

よ: 著書の『バンコク思い出ごはん』[★25]の版元の平安工房というのは、どんな?
下: まず、『曼谷シャワー』[★26]という本を出したくて検索していたら見つかって、「原稿は募集していませんが面白いものなら…」みたいな感じでした。それを見てメールしたら面白がってくれて、出版することになったんです。
よ: 「ほぼ日」の「担当編集者は知っている。」のコーナーに採り上げられていましたね。下関さんは著者かつ担当編集者でもある、という立場で。
下: 平安工房は出版社ではないですけどね。
よ: もともと古書店ですよね。
下: 書店っていっても実店舗はないんです。オンラインだけで。古本屋さんだけあって、「1円で売られない本作り」がモットー。
よ: 『曼谷シャワー』はタイ生活の面白ネタを綴ったコラム集でしたが、タイ料理本の『バンコク思い出ごはん』も平安工房から出版されて。
下: タイミング的には『思い出ごはん』は『そうざい屋台』の後に出るんですけど、作業的には『そうざい屋台』の前から手がけてたんです。ほぼ、ひとりでやってたから時間がかかって。デザインは『DACO』とか『Gダイ』[★27]をやってた友だちのデザイナーにお願いしたんですけど、構成もデザインも、何度も試行錯誤してやりなおしたし。
よ: 料理のチョイスが、普通のタイ料理レシピ本とは全然違いますね。
下: この本は、もう私の原点です。渡辺玲さん[★28]が、「ファーストアルバムには音楽家のエッセンスがすべて凝縮しているものだが、自分の最初の著作も同じだ」っていうようなことを書いてますけど、この本はそういう本ですね。
よ: 『バンコク思い出ごはん』はタイ料理家、下関崇子のファーストアルバムであると。
下: そうですね。

屋台で最も衝撃を受けた料理 タイ料理家・下関崇子さんとの対話 その3_e0152073_23532398.jpg
『バンコク思い出ごはん』 2015年7月に改訂版がリリースされた

よ: この本に必ず掲載しようと思っていた料理ってあります?
下: 一番最初に載っている「かぼちゃ炒め」。最近、ほかのレシピ本にも載るようになりましたけど、当時は全然でした。で、この本で採り上げたら、タイに住んでる日本人から「これ食べたかったんだよ!」っていう声がすごく多くて。やっぱりみんなそうだよねって、すごく自信が持てた。
よ: バンコク10年以上住んでるボクの友だちも、「食べたい感じの料理がいっぱい載ってる!」って感心してましたよ。ボク自身は、実はかぼちゃ炒めって食べたことがないから、すごく食べてみたい。
下: 私が屋台で最も衝撃を受けた料理です。まず、甘いのにびっくりして。タイ料理にも、こんな甘い料理があるんだなって。これ、バンコクの日本人はみんな食べてましたね。
よ: とくに日本人の記憶に残るタイ料理なんですかね。
下: ほかの料理がとにかく辛いから…。
よ: 辛くないオアシスみたいに、ほっとできるんですか?
下: ほっとできるし、何か安心感があると思う、味に。
よ: 日本料理で近いものって何ですかね? かぼちゃと豚肉を使う…。
下: かぼちゃに豚ひき肉のそぼろ餡を合わせるような料理はありますよね。
よ: タイの「かぼちゃ炒め」の作り方は?
下: すごく簡単。豚肉炒めて、かぼちゃ入れて、水すこし入れて、かぼちゃを柔らかくして、ナンプラーと砂糖で味をつけて、最後に卵でとじるだけ。
よ: まさにファーストアルバムの一曲目。ほんと、食べたくなってきました。
下: これが原点。でも、料理教室で教えたり、日本のタイ料理レストランで出すようなメニューでもないしね。
よ: そうですか?
下: だって本格的な日本料理を習いに行って、ツナマヨおにぎりだったら、どうなの? って(笑)。
よ: ツナマヨほどじゃない気もしますけど(笑)。
下: プロには鰹だしのとり方とか、かつらむきとか、そういうの習いたいじゃないですか。小料理屋なら、ツナマヨじゃなくて鮭のおにぎりを出すべきだし(笑)。あの本は、プロではないアマチュアの私だからこそ掲載できている料理も多いと思うんですよね。
よ: そういうポジティブなアマチュアリズムって料理界に絶対必要ですよ。
下: ほんと、「かぼちゃ炒め」はタイから帰ってきて「これ、タイで食べてたよね」って日本人がすごく多くて。語学留学でタイに行った人が学食のメニューからこればっかり選んでたとか、駐在員の奥さんがタイ人のお手伝いさんによく作ってもらったとか。
よ: タイ在住経験を持つ日本人のソウルフードみたい。そういえば旦那さんも、あまり辛い料理が得意じゃないと書かれてましたよね。
下: そう書くと誤解されるんですけど、私よりも全っ然辛いものいけますよ、旦那は。タイ人にしては苦手ってだけで。私が作る料理を、旦那は「辛くなくて美味しい」って言うけど、タイ料理教室の日本人の生徒さんには「辛いけど美味しい」って言われる。
よ: 辛さの基準が全然違うと。

レシピ本ではなくエッセイ集

よ: で、タイミング的にはファーストより先にリリースされてしまったメジャーレーベルからのセカンドアルバムが『そうざい屋台』ですけど、次のサードアルバムは、またインディーズからリリースされたわけですよね(笑)。これが、傑作です。

屋台で最も衝撃を受けた料理 タイ料理家・下関崇子さんとの対話 その3_e0152073_23532566.jpg
普通のタイ料理本に載っていないレシピ多数。『暮らして恋したバンコクごはん』

下: 『暮らして恋したバンコクごはん』ですよね。タイで印刷したんですよ。
よ: この本はすごい。たとえば、「発酵させた酸味スペアリブ揚げ」とか「イサーン風なれずし」とか「発酵した魚のソーセージ」とかが掲載されてますが、生魚や生肉を室温で数日発酵させるというレシピは、普通の出版社ではNGになりそうですね。
下: 『思い出ごはん』もそうですが、レシピ本じゃないですから。基本的に料理エッセイ集で、作り方に興味がある読者は巻末のレシピを見てくださいっていうスタンス。すごいでしょ、その辺のサジ加減が(笑)。
よ: ばっちりです(笑)。下関さんならではの著者編集兼任の妙というか。あと、生肉ラープ。これもエッセイパートには、日本では生食用の牛肉は売っていないので注意してください、とか書いてあるんですよね(笑)。
下: これ、原稿の段階で『DACO』の元編集の友だちに一回読んでもらったんですけど、「このレシピ、大丈夫?」って言われました。でも、あくまで体験記です(笑)。
よ: その体験記がものすごく参考になります! 生肉はさておき、発酵料理に対しては、みんな不必要にハードル高く考え過ぎですよね。
下: 発酵なんて、ひと昔前まで普通に日本人もやってたわけでしょ。
よ: 甘酒やら、お味噌作ったり。
下: 実は最近、某有名発酵学者の方の本の編集補助の仕事をやって、発酵には詳しくなりました。たとえば、この本にも載ってる「カウマーク/甘酒風味のもち米」。日本の麹って米粒にカビを生やすバラ麹なんですけど、タイでは団子にしたものにクモノスカビを生やすモチ麹。あたりに漂ってる菌が日本とタイじゃ違うんですよね。味は甘酒みたいで、タイと日本の食の共通項って多いなって。
よ: 発酵といえば、この本にはナンプラーの作り方まで書いてある。
下: 本邦初公開レシピも多いので、私のブログやレシピ本がネタ元になってないか、新しいタイ料理レシピ本が出るたびに買ってチェックしてるんですよ(笑)。ただ、私以外にレシピを載せる人はいないだろうと思っていた「蓮の茎のカレー」[★29]はかなり前に出ていた竹下ワサナさんの本[★30]に載ってましたねぇ。竹下ワサナさんの本は良いですね。もっと早く出逢ってたら、私の本も違った形になってたかも。
よ: ボクが一番初めに買ったタイ料理のレシピ本がワサナさんの本でした。
下: 私、日本で出ているタイ料理のレシピ本の約8割くらいは持ってますよ。今アマゾンで購入可能な本は、ぜんぶ持ってると思う。
よ: ほかに好きな本はありますか。
下: 酒井美代子さんの『今夜はタイ料理』[★31]かな。出たのが昔なので、本の作りはおしゃれじゃないんですけど、載ってるメニューは宮廷料理から屋台料理までバラエティに富んでて。最近のレシピ本は、初心者の人を対象にしたのばかり。二冊目に買いたいという本がないですよね。だから自分で作ったというのもありますが。
よ: 『暮らして恋したバンコクごはん』と『バンコク思い出ごはん』の巻頭にある写真は息子さんですよね。味覚というか、食に対するセンスは、どんな感じに育ってますか?
下: 私が作るタイのお菓子とか、美味しいって食べてくれますよ。同じお菓子をウチに遊びに来る同級生の子にあげると、口に入れた瞬間「うっ」となって食べられなかったりするんだけど(笑)。ココナッツ味がダメみたい。親子タイ料理教室で、タピオカココナッツミルクを作ったら、子どもの半数が残しちゃったことがありました。
よ: じゃあ、お子さんは、すくすくと日タイ両方の味覚を育んでるんですね。
下: ええ。

2013年9月 船橋にて

<注記>

[★25]『バンコク思い出ごはん』
2010年5月、平安工房・刊。2015年7月に改訂版がダコトウキョウよりリリースされた。
[★26]『曼谷シャワー』
2007年12月、平安工房・刊。『DACO』連載の同名コラム第100回までを掲載。
[★27]『Gダイ』
『Gダイアリー』。タイの夜の盛り場日本語情報誌。
[★28]渡辺玲
インド料理、スパイス料理研究家。『カレー大全』(講談社)など著書多数。「ファーストアルバム」発言は、著書の『新版 誰も知らないインド料理』(光文社知恵の森文庫)文庫版あとがきにある。
[★29]蓮の茎のカレー
鯵と蓮の茎をココナッツミルクで煮た料理。著書では蓮の茎を蕗で代用。
[★30]竹下ワサナさんの本
『旬の素材でタイ料理』(文化出版局)、2001年6月発行。
[★31]酒井美代子・著『今夜はタイ料理』
1993年7月、農山漁村文化協会・刊。




by brd | 2015-12-03 00:08 | 東京のタイ


旅の食卓と食卓の旅。ferment booksより『サンダー・キャッツの発酵教室』『味の形』発売中。ツイッターは @oishiisekai @fermentbooks


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