池田浩明さんの『サッカロマイセスセレビシエ』でパンに目覚める

『サッカロマイセスセレビシエ』

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書店の棚で出会いがしら、ぐっと呼ばれた気がした。

パンに関する本だった。

小ぶりでぶ厚く、持つと軽い。とぼけたような不思議な味わいのイラストを使用したタイトルロゴ部分は特殊印刷で少し盛り上がって光っている。カラーの口絵にあるパンたちの写真はとても美味しそうだが、一方でモノクロ本文ページはほぼ文字のみ。食べものの本としては異例に思える、禁欲的なまでの文字の連続。

そもそも題名の「サッカロマイセスセレビシエ」とは、いったい・・・?

食に関してはこだわりがあるが、ことパンに関してはそれほど関心がなく、もちろんパンマニアでもないが、本から強烈に漂ってくる気高く超然としたオーラに感染し、気づいたらキャッシャーにいた。

カタチある物体として三次元空間に存在する本は、四次元世界に属すよくわからないエネルギーを放ってきて読者を魅了する。本のコンテンツは、文字情報や画像情報だけではない。

やっぱり電子書籍なんてダメ。データじゃムリだもの。

(※その後、『料理通信』誌の編集部を訪問したとき、入口のカウンターからかなり離れた編集部の本棚に『サッカロ~』が置いてあるのが、すぐわかった。向こうから何か特別な光線を送って来て気づかせているとしか思えない)。

そんな思いでページをめくれば、どんどん引き込まれる。

サッカロマイセスセレビシエ、という呪文のような言葉は、パン酵母の別名だった。

サッカロ=糖分
マイセス=微生物
セレビシエ=アルコール

小麦粉の糖分を食べてアルコールや炭酸ガスを吐いて生きている微生物。

ちょうど「発酵」ということに強く興味を持っていたところだった。カンは正しかった。

本文を読む。東京200店のパン屋の物語。最近、これほどまで食の職人たちに愛情をかたむけた文章を他に知らない。

取材対象への熱い思い入れを前提としながら、知識豊富で、文章も美しく、客観的な分析も曇らず、かつパン職人の人間性とパンそのものの個性を尊重しながら、それぞれ固有の物語を紡ぎ出している。

おまけにパンの味わいの描写が華麗で、ヨダレが出る、すぐにでも同じパンを食べたくなってくる。

かつての住まいの近所で、つくづく不思議な店だなあと思って眺めていた「かいじゅうや」。店主が、それほどまでに思いつめて始めた店だったとは。

パン作りとは、酵母たちのもっとも快適な環境を作って「ちやほや」して、その営みがもっとも活発になった瞬間、オーブンに入れて皆殺しにしてしまうようなもの。

店主の言葉が、なにか究極の本質をえぐっているようで、頭に焼きついた。

いまの住まいの近所でよく利用している「アンジェリーナ」と、両親の住む実家の近所で土産のケーキをよく買う「カルヴァ」が、偶然なのか、隣り合って掲載されているのにも不思議な縁を感じた。さっそく「アンジェリーナ」に行って、「載ってましたね!」と店主に声をかけたら「あんな本を読んでいる人がいるんだ!」と嬉しそうだった。

学生のとき流行っていた「ネオアカ」にそまって読んでいるフリをしていた哲学書で見知った記号論のタームを店名に掲げた「シニフィアン・シニフェ」。どうしてパン屋がソシュール? と思っていたが、やはり。発酵のカオスを人間の思想と技術で手なづけようとする店主の言葉は、日本パン界の哲学者のようだった。

著者の池田さんに会うため、「レフェクトワール」で開催の大人気ない大人の文化祭、略して「大人の文化祭」に行ってきた。

池田さんは思ったとおりのイメージの人で、自己紹介して著書の感想を伝え、出版関係の世間話をして、もう一冊の著書である『パンラボ』を買わせてもらった。いただいたサインには

「パンという ありふれた 奇跡」

と添えられていた。

(※表1の堀道広さんによる「パン男」のイラストは本当に素晴らしい。このイラストのキーホルダーも売っていた(笑))

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書籍購入のオマケとして、夏祭りのテキヤのくじ引き(笑)のようなので当った古書は、小松左京の『怨霊の国』。さすが池田さんが選んだだけあって、すごくカバーがかっこいい本だ。

その後、新宿ロフトプラスワン(似合わない)で行われた「パン好き総決起集会」やアートブックフェアなど、スケジュールが合わず池田さん関連のイベントに足を運べなかったのが残念だった。

また、どこかで!

<2013年8月>

(よ)

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by brd | 2013-10-16 11:56 | 本や映画 | Comments(4)
Commented by tanukidaponta at 2013-10-16 22:56
狸田にとっては、Saccharomyces cerevisiae というのは、清酒酵母のような酒作り酵母ポン~(笑)
そもそも、cerevisiaeというのが、スペイン語のCerveza、ポルトガル語のCervejaに残っている、ようにラテン語のCervisiaからきているポンで、やっぱり酒がしっくりくるポン~(笑)

そういえば、木村屋のアンパンも、酒種だったポンで、ここは是非、日本酒酵母でのパン焼きもお願いしたいところポン~
(もしかして、そういう店も、この本に書いてあるポン?)
Commented by (よ) at 2013-10-17 12:59 x
ポン!

まさに日本酒もサッカロマイセスセレビシエ。

パンといえば日本酒よりワインですが、ワインの世界もまた面白くて、最近自然派ワインってのが流行ってるんですよ。何が自然派かはいろいろ要素がありますが、醸造に関しては、いわゆる選抜された酵母を使わず、ブドウの果皮についてる天然酵母、というか、野生酵母で醸造する、つまりブドウだけでワインを作るってのが注目されてるんですよね。ワインはテロワールという概念が発達してますが、全然縁もゆかりもないところから持ってきた酵母でワインを作っても、なんだかなーとなるのも理解できます。ま、大昔はそうやって、ブドウをほっとくだけでワインを作っていたんでしょうけど。

で、パンもブドウの天然酵母で発酵させる場合も多くて、いわば、ワインの酵母でパンを作っているようなものと言えるかも。

日本酒酵母のパン作りはけっこうみんなやってるみたいですね。ここに載ってる店がやってるかどうかわかんないです。調べてみます~。
Commented by carambola at 2013-10-20 10:07
200軒の物語!
何年かけて話を聞いて回ったんでしょうねぇ.
何度も何度も通って,少しずつ話を聞いたんだろうなぁ.
鯔は今,農家さんを回って同じようなことをしているので
その苦労と楽しさが少し想像つきます.

徳島ってね,美味しいパン屋さんが多いですよ.
どんな食べ物でも地方のお店の方が,
店主のこだわりが前面に出ているから,
覿面美味しいお店に出会う率が高いと思う.
経営成り立ってますか?って心配しちゃうことも多いけど(笑)
Commented by (よ) at 2013-10-23 23:14 x
2011年のお正月から2013年の4月の間に188軒を取材したそうですよ。鯔ちゃんの農家巡礼も楽しそうですね。

徳島も美味しいパン屋さんが多いんだ。地方のお店のありかたって、東京の世知辛い感覚とは、また違うあり方が許されるような感じがして興味深いです。


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